芥川賞作家・田中慎弥「取り押さえられた時の加藤被告の横顔が私自身にそっくりだった」
『生き延びる道』 ■田中慎弥■
秋葉原の無差別殺傷事件から一年が経つ。…中略…私が当時の事件報道に接して強い印象を受けたのは、取り押さえられた時の加藤被告の横顔が私自身にそっくりだったということだ。
事件とは直接関係ない人間として、これはかなりの驚きだった。事件と自分が、関係ないまま結びついた。
本人の書き込みによれば、友人も彼女もいない、という孤独を抱えていたらしい。…中略…
情けないことだが私は恋愛を経験したことがない。その原因が自分の容姿と性格にある、と思っているとすると、私と加藤被告の相似は横顔だけではないことになる。
彼は自らの内部に溜め込んだ力を外に向かって爆発させてしまった。25歳でだ。私はいま36歳だ。30代のうちはまだいい。自分を情けないやつだと思いながら生きてゆける。
だが、40歳になる時点で、果たしてどうなっているだろうか。
私は力を外に向かって爆発させはしないだろう。それは私がばかではないからだ。となると私は私自身の前でたじろがなくてはならない。外に向けない力を、自分に向けてしまうかもしれないからだ。
加藤被告は働いていた。働く意思があった。私は高校卒業後10年以上、働く気もなくぶらぶらしていた。人間としてどちらが真面目か。
私が生き延びる道はそこにしかなさそうだ。”不真面目であること”。ただしこれは私の話。誰にでも当てはまるわけではない。
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