村上春樹 「ノルウェイの森」 について (「男流文学論」より)


男流文学論 (ちくま文庫)



26 :吾輩は名無しである:2010/11/24(水) 16:07:02 ID:?
「男流文学論」(ちくま文庫)より(上野千鶴子小倉千加子富岡多恵子

村上春樹ノルウェイの森」について

 小倉「この人は、いろんなことに関心がない、関心がないっていうのね。ところが、すぐ後のページで、本当はめちゃくちゃ関心があることが暴露されてしまう(笑)」
「このひと、他の人の言葉を借りて自分自身を褒めるのね。〈「この寮で少しでもまともなのは俺とお前だけだぞ。あとはみんな紙屑みたいなもんだ」/「どうしてそんなことがわかるんですか?」と僕はあきれて質問した。〉 嘘付け。あきれてないじゃない。自分もそうおもってるくせに、厚顔無恥。」

上野「自分についての描写をみんな他人の口から言わせてる。「あなたってこうみたいな人ね」 他人の口から言わせたことに対して、すべて肯定的なのよ。叙述の内容に責任をとらないというスタンスをいつも取っている」

富岡「全部翻訳文体なんだね〈午後が深まり〉、午後が深まりなんていうのも、翻訳文体ですね」

上野「やれやれ」というのは、その事態に対する距離と同時に。その事態を自分から変更する意思が何一つないことを示しています。村上の世界の恐るべき受動性を象徴しています。」
富岡「やたら人が死ぬ。簡単に。小説の書き手のほうからいうと、非常に安易なのね」

上野「失敗した私小説でしょう」

上野・小倉・富岡「つまらん」



28 :吾輩は名無しである:2010/11/24(水) 16:08:21 ID:?
「男流文学論」(ちくま文庫)より(上野千鶴子小倉千加子富岡多恵子

村上春樹ノルウェイの森」について

上野「わたなべくんには能動的なアクションが全然ない。彼にとってアクションはすべてまわりから起こってくる。彼にとっての幸運は、周囲の人間が、それほどおせっかいにも彼に手を出してくれているということ。」

富岡「この子は何もしない。学校へ出たり、アルバイトしたり、図書館へ行って本を読んだりしているだけ」

小倉「こういう文章が気に食わないんですよ〈僕自身は知らない女の子と寝るのはそれほど好きではなかった〉正直に書けば〈僕自身は知らない女の子と寝るのはまったく嫌いというわけではなかった〉(笑)
なんでこんなええかっこうして書くの?

上野「この文体ってテレビ的というか、漫画的なのかしら」
小倉「漫画の噴出しのせりふで」
上野「全体に、シナリオみたいな書き方でしょう」

小倉「私は、村上春樹がほんとうにまともに、どういう人生観をもってるか見えないですよ」

上野「ごく簡単よ。他人と関係を持ちたくない。他人との距離をつめたくない。僕はこういう人間なんだ。「やれやれ」といってるだけ」

上野「この半端さが彼の限界でありとりえであり、この気の利いたショートセンテンスと、ダイアローグの組み合わせが初期からあり、もしモノローグだけ、ダイアローグだけならダイナミズムを生み出すのに、どちらも途絶するしかないというのが彼の小説作法です。
何もおきないことのエクスキューズが気の利いたショートセンテンスです」




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