二十年以上前、私はタクシーの運転手だった
二十年以上前、私はタクシーの運転手だった。
十月の始め頃。
深夜、私は一人の客を乗せた。
三十前後の柄の悪そうな大男で、ひどく酔っていた。
男は目的地を告げると、座席に横になり眠ってしまった。
吐いたりだけはしないでくれ、そう思いながら私は車を走らせた。
目的地について初めて気付いた。
料金メータのスイッチ(今は知らないが、昔は手動だった)を入れ忘れていた。
自身の間抜けさに呆れたが、最早如何ともし難い。
「お客さん、着きましたよ。」
「ん、そう。で、いくらだ?」
「あ、初乗り運賃だけで結構です。」
「は? 何だよそれ。施しでもしようってのか。馬鹿にしてんのかオイ!」
寝起きで機嫌が悪いせいか、男は私にからんできた。
私の肩を乱暴につかんだ、その手首に入れ墨が見えた。
揉め事だけは避けなければ、そう思った。
「今月は、キャンペーン月間で、その、四十km以内であれば、初乗り運賃だけで…」
「…なら先に言えよバカ。ほらよ、釣りはいらねえよ。」
どうやら男は、私の咄嗟の嘘を真に受けてくれたらしい。
数日後、その男が殺人の容疑で捕まった。
被害者は私の同僚の運転手。
料金をめぐるトラブルが原因だという。
私はその日に辞表を書いた。
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