三島由紀夫「文壇ベスト・ドレッサーを求めれば、まづ堀辰雄氏に指を屈する」


三島由紀夫“表面”の思想


引用元:http://toro.2ch.net/test/read.cgi/book/1285489860/

520 :吾輩は名無しである:2012/11/21(水) 17:59:49.12
戦前戦後を通じて、文壇ベスト・ドレッサーを求めれば、まづ堀辰雄氏に指を屈する。彼ほど着こなしの
うまい作家はゐなかつた。自分に似合はないものは一切身につけず、似合ふものをかぎわける特別な
能力をもち、まさに、
「デリケートな若い男性の高原の避暑地むきリゾート・ウエア。しかもフランス風な典雅な味を失はない」
といふキャッチ・フレーズつきで「男子専科」からぬけ出したやうであつた。
もちろんおしやれのうまさは、くづした着こなしのうまさでもあり、堀辰雄氏は、くづした着方をしても十分
板についてゐた。
現在では、ベスト・ドレッサーとしては、井伏鱒二氏をあげるべきであらう。氏はもともと、上等なものを
くづして着る特別な渋いおしやれであるが、氏のおしやれには、官服ベスト・ドレッサー森鴎外氏の
パロディーの気味もある。
人が似合ふからといつてウのマネをするカラスの野暮さ加減は堀辰雄氏の亜流の文学によく現はれて
ゐる。ベレーなどといふものは、だれでも似合ふといふものではない

三島由紀夫「発射塔 文壇衣装論」より



521 :吾輩は名無しである:2012/11/21(水) 18:00:31.07
――ところで私の好みをいふと、あんまり着こなしのうまい作家を見ると、多少ヤキモチも働いてゐるに
ちがひないが、何だか決定的に好きになれない。もちろん他人の借り物のおしやれをして得々としてゐる
手合ひは論外だし、よぼよぼの老人がむりにジン・パンツをはいたり、胃弱の青年がむりにTシャツを
着たりするのは全くいただけないが、自分に似合はないものを思ひ切つて着る蛮勇といふものも、作家の
持つべき美徳の一つである。井伏鱒二氏が突然真つ赤なアロハを着たり、安岡章太郎氏が突然
シルクハットをかぶつたりしたら、私はどんなにもつと氏らを好きになることであらう。
ところで、もつとも変幻自在、タンゲイすべからざる隠れたベスト・ドレッサーの名をあげておかう。それは
深沢七郎氏である。

三島由紀夫「発射塔 文壇衣装論」より




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