文学って高尚な位置づけだったんだぁ…

おぉ〜なんかすごいことになってんなぁ。



なんで文学って高尚な趣味になってるの?
http://suiseisekisuisui.blog107.fc2.com/blog-entry-935.html

漫画とかアニメとかと一緒じゃん 本質的に

ハルヒと比べたら純文学なんて死んでるのに
なに威張ってんの?

文学読んでどうなるのよ。
まだハルヒでも読んでルサンチマン溜め込んだほうがいい。
ハルヒなら目の前の現実にそれを解放出来るけど。
文学には解放出来る場所がない。文学読んでも目の前の現実は生きやすくならない。
今の時代に遥か遠くの未来の自己実現なんて最早夢物語。
目の前の現実を楽しく生きたほうが幸せなんですよ。

文学は必要だよ!って言ってる人に
じゃあ文学が現実でなんの役に立つの?って聞いたらみんな沈黙してしまう。
こういう立場からの意見に上手く反論が出来ないってのが文学の限界だと思う。

文学とアニメじゃ文学が負ける。表現の幅が違う。
例えばカッコいい男を表現する場合。
アニメでは一枚の絵でほぼ全ての要素をわかりやすく紹介出来る。
しかし文学の場合は長々と書くか、使い古された言葉でしか表すことが出来ない。
さらに読者の想像に委ねなければならないので。安定した読みを提供出来ない。
演出、表現の面ですら文学はアニメに劣っている。
文学など最早裸の王様みたいなものに過ぎない。

むかしは才能が文学に集中してたけど
今じゃ色んなところに分散していて、結果的にどれも過去のものにはかなわない
今の文学はアニメ以下
過去の名作にかなうものなど存在しない

文学を嗜むなんて普通のことだったのに、(一次大戦中は兵隊ですら優れた文学に触れていた)
文学の面白味、大切さや哲学を理解出来ない馬鹿。
内的な世界に関心を示さない人が増えたせいで
普遍的なものでなくなってしまい、その結果、いつの間にか高尚なものとして位置づけられたのでは?

文学なんて時間の無駄。
骨董のために腹を空かせるなんてエコじゃない。
マンガやアニメは祖国の復興に役立つから高尚。
海外文学も無駄。
売国作家や反日岩波に金をつぎ込むなんてもっての他。

たくさん本を読んでるからといって威張ったり、気取ったりする奴がいるから、
文学の名を貶めることになるんだなw
蘊蓄を語るぐらいしか能のないコテハン達も同様に文学の権威を貶めているよw
たいした批評眼もないくせにw


なんだか論旨がずれていっている上に、それぞれがバイアスをかけて思考してるから、どうあってもまとまらないよね。それぞれが言ってることはそんなに間違ってはいないと思うけど、言いたいことを言いたいだけで議論にはなっていない。


まあそもそも最初の発言である「漫画とかアニメとかと一緒じゃん 本質的に」というのが、おかしいんだと思うけど。一緒ではないでしょう、それらと文学(純文学)は。ターゲットとしている消費者?客層?からして違うじゃん。なぜそれらと比較して考えるのかが理解できないなぁ。


もし文学のことを大衆文芸までひとくくりにして語っているんだとしたら、それは漫画とかアニメと本質的には一緒かもしれない。だけど、そうなってくると特別高尚だと思ってる人はいないんじゃないか? それは本を読まない人が勝手に思ってるだけだとしか思えないなぁ。





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