「凡」と言われる凡人って思いの外、努力すべき量に対して世間体から、常識から、その分量を適量に定めて甘えているということ


凡人のための仕事プレイ事始め


414 :考える名無しさん:2011/12/09(金) 08:07:34.43 0
「凡」と言われる凡人って思いの外、努力すべき量に対して世間体から、常識から、その分量を適量に定めて甘えているということ。

・これくらいのことはできて当たり前でしょ。
・こんなにやるのは普通、無理だってw そこまでするのは異常だよw
・でも、そんなことできるわけないんだからさ、その点においては彼処がその役割を担うべきだよね
・そんなことやる時間ないし、できればもうやってるよw

適量を「自分が」、ひいては「世間の審判が」、能動的に「定め」、
それに従うことを「賢明である」、「熟練している」、「精通している」、のだと自己に悟り返す。
凡人って、こんな自己暗示にかけながら「世間」を作り上げて、生きている。


俺には理解できないんだよね。
初めてサーフィンをしたときに、ひょんな事から知人のプロサーファーの人に教えてもらったんだよね。
ボードやパワーコードなどを借りて。朝、海について右も左もわからぬ状態からいきなり開始。波の立つ海へ突入。
本来はボードにワックスを塗るのだけど、この作業が忘れられていたんだよね。教えてくれる人は
もう海に入ってボードの上に座って待っているので後をついていく。海に入ってから、「ボードの上に立て!」という指導を
ずっと受けているのだけど、ボードがツルツルすべって立つどころかしがみついているのも辛い。板がすべる。
でも、この時サーフィン初めてで何も知らないから、サーフィンというものは、こんなに過酷なものなんだ、と思ったんだよね。
だから気合いで4時間程度の特訓を完遂した。一回も立てることなく。しがみつくだけで全力を要した。それでも数秒は膝まで立った。
恐ろしく疲れたようで海から出た瞬間から筋肉痛で体中が痛い。で、海の家に飯食いに行こうと歩いていくときに
プロサーファーの人が俺のボードに触って、「あれ、ワックス塗ってないじゃん?」と初めて気づいたんだよね。
「ワックス塗らないと駄目だよ、それで今までやってたの?」なんて今頃言われて訳がわからない気持ちになるわけだよ。
一緒に行った友達伝えで、「あいつワックスないのにやってたなんて根性あるじゃん」ということを言っていたらしいけど
よくわからないけど、目の前の人が現にやっているのだったら、なんとしてもやるしかないでしょ、と思って行動するだけなんだよね。




415 :考える名無しさん:2011/12/09(金) 08:14:22.95 0
精神論はいただけないと強く思い、精神論をかざす人達のことは徹底的に問い詰めるべきだと思っているけど
限界って自分で決めるものじゃないと思うんだよね。
ましてや、今まで知らなかった世界で必要とされる力量のレベルを
互いの顔を見ながら察しあって、探り合って、決めてしまうなんて、
いったい何しにその新しい世界に入ってきたのかまったくわからないね。

とは言いつつも、身の程をわきまえて適量を定めることのできる凡凡が羨ましくも思うよ。
だって、まるで入りたての時から、その世界を一望できる懐中電灯を持っているみたいに見えるし。
初めから目が見えている人みたいだし。

初めは何も見えないから、とにかく明かりが見えるまで前進するしかないでしょ。
こういう役回りをしなくて良いみたいで。





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