三島由紀夫「ぼくは昔から、ぼくの知らない世界、ぼくと逆の世界があるのではないかと考へてゐた」


三島由紀夫、左手に映画


引用元:http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/subcal/1294453437/

513 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/11/19(月) 19:14:13.02 id:kdt+A3E9

俳優の自意識はつねに不安にみちてゐる。
だから俳優は酒を飲み、スピード運転をし、女とこつそりつきあつて、一人になると不安でとても
たまらないから、友だちをつれていつしよに飲んで歩いて、ますます孤独になる。
小説家にはそんな孤独がないから、なるたけ一人でゐたい。それは、小説家といふものは、多勢と
つきあつてゐなくても、ここにかうやつてゐるのは自分にきまつてゐるのを、知つてゐるからなのだ。
逆の意味で、小説家はそのことに飽きる。いつも茶の間に坐つてゐるぼくが、ぼくであるといふことは、
ちよつとたへられないことである。
逆説的といはれるかもしれないが、ぼくは昔から、ぼくの知らない世界、ぼくと逆の世界があるのでは
ないかと考へてゐた。物理学でいふ反陽子の世界みたいなものに、いつも憧れてゐた。ここにゐるぼくが
ぼくではなくて、スクリーンの中にゐるのがぼくであるやうな事態が起つたら、愉快ではないか。

三島由紀夫「ぼくはオブジェになりたい」より







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